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2017/10/22 20:35 |
太田総理

友達から借りたビデオの中に入ってたんだが、本命より真剣に見てしまった。
爆笑問題カーボーイのヘビーリスナーではあるが、爆笑問題のテレビ番組は、「爆笑大問題」以来まともに見ていない。友達が「あの人のツバ飛ばしながら喋るの何とかなんねえか」って言ってたけど、それが太田なんだもんなあ。冷静に喋られたらつまんない。

わたしが見たのは「派遣社員は税金をタダにします」というマニフェスト。

暴論だけど、憲法が保証する「健康で文化的な最低限度の生活」というやつだから、その精神には賛成したい
、という意見があった。私もそれに賛成。もっと他のやり方がありそうな気もするけど。

こういう議論だと必ず出てくる「政治もひどいけど、あなたたち努力しなさいよ」という意見は、金美麗が言ってくれた。あの人いいそうなこと絶対言うなあ。

この意見にも賛成・・・はしたくないが、うなづくしかない。過去の自分を思えば、だ。
だが、私はこの「努力」という言葉にひっかかり、この番組を見て3日たっても、それはひっかかったままだった。だからブログに書いてスッキリしたいワケなんだが・・・


私も就職氷河期時代の学生だった。そのときの実感として言うと、就職できなかった人たちというのは、あんまり数を消化してなかった。エントリーシートを出したはいいけど、試験にいかないやつらもいた。学生のうちに内定とることを諦めていた。あれだけマニュアル本には「会社に入ってから何がしたいかを言え」と書いてるのに、「営業です」と答えて、ため息を疲れたという人もいた。田舎だったから、焦らせてくれるものがなかった。都会ならリクルートスーツの集団を見るだけでゾワッとするもんだ。
そういう意味で「努力」していない人は多かった。

私は、というと、かなり順調に進んだほうだったと思う。「努力」もした。気持ち悪いが、「自分の長所短所目標思い出メモリアル」ノートも作った。
しかしそのはじめての会社も、1年でやめた。
アトピーが悪化したためだと周囲は思ってくれてるが、仕事が嫌だったからだろう。ストレスというより、働くのが嫌で嫌で仕方なかった。会社の人間は今でも交友があるし、何が嫌だったのか、今でもわからないが、根本的に働くのが嫌いなんだろう。ここまで読んだ人、行かないで、閉じないで、嫌いにならないで。

仕事をやめてすぐ、うちの父(当時60歳)は「公務員試験を受ければいい。あれなら点数さえとれれば一生安泰だから」と忠告した。いや~、無理だよ、だって1年間(5時間/一日)勉強したのに、1ヶ月しか勉強してないやつより点数低かったんだよ。あんたの娘は想像を絶する馬鹿なのに・・・・。

父は研究職で、就職活動をしたことがない。そんな父にしてみれば、毎日聞くニュースだけが今の若者の苦しみを知る情報源で、「就職活動」というものが得体のしれない地獄のイベントに見えたのだろう。公務員試験なら、「圧迫面接」とやらでうちの娘がいじめられることもない!とか考えたんだろうな。

それから少したって、母に「あれだけ落ちて、テストに向いてないってわかったのに、なんでまた公務員試験すすめるかなあ」と言ってみた。すると母は、
「そりゃあそうよ。あれがお父さんの考えかただもん。頑張ればなんとかなった人だから。頑張りさえすれば報われると思って生きてきたんだから。」と答えた。

うちの父の家は、養子にでなければいけないくらいの貧乏な農家だった。いわゆる戦後すぐの農家だ。
もう貧乏が嫌で嫌で、「貧乏は人をゆがませる」とある日気づいたそうだ。
このまま田舎の商業高校を出ただけでは、オレの人生は変わらない・・・・学がなければ食っていけない

そして高3の春、日本の最高学府の最高峰を目指した。最高最高書きすぎか。東大だよ。
んで、結果を言えば、一浪して入ったわけだが
まあ、私の成績の悪さを罵倒するときは必ずその話を聞かされたんで、書くのも嫌だが、
学校から帰ったら休憩もせず、すぐ机に向かったそうだ。学校が出す宿題に関しては、休み時間のうちにすませたらしい。そのテンションは浪人時代も下がることは無かったそうだ。
当時は、その田舎から東大なんていく奴はいなかったから、わざわざヨソのおばさんが家にきて、「あんた、正気になりなさいよ」って説得しに来るくらいの衝撃度だったそうだ。

だから母の言う、「頑張ればなんとかなった人だから」っていうのは、ちょっと反論できない。我が家の人間は、「努力」の意味が包含する可能性を、父のせいで否定できないんだ。父にすれば「努力」は学歴格差の連鎖すら断ち切るのだ。

そういう父につきあって生きてきたもんだから、ああいった討論の場で50~60の人たちが「もうちょっと努力しなさいよ」といいたがるのは、わかる。あの人たちの言う「努力」の質量は、現代とは比べ物にならないのかもしれない。
父は極端な例だが、「今はヒドイがこれからもっとよくしていこうぜ」という、あの時代の社会が覆うハングリー精神と、やればやるだけよくなっていく日常を経験すれば、「びびってないでガンガンいきなさいよ。私たちの時代なんかねえ」と言いたくもなるはずだ。

しかし、だ。しかーし!!

自分が怠けたいから言ってるわけじゃあないんだが、彼らは、努力の方向について、考えたことがあるんだろうか。いや、どの年代も。

例えば、
大手電器メーカーの幹部が、努力して、努力して、自社のクーラーの売上げを伸ばそうとすればするほど、地球温暖化は進むかもしれないし、
教師が自分の理念を支えに、子供に教育すればするほど、その子供はひねくれて人間嫌いになるかもしれないし、
頑張って頑張って、地元の土建屋のために色々やってくれたムネオは、牢屋に入った。


別に、「人間はいきている限り何かを破壊するのさ」とか言いたいんじゃない。そういう、人間そのものを侮辱する意見は大嫌いだ。

人間の「幸福」について言いたいのだ

自分やごく傍にいる人間が笑顔でいられるのなら、それでいい、という意見があるとする。それも一つの幸福だ。少なくとも私はそういうタイプだ。
一方で、地球上の誰一人も不幸にしない、という幸福があってもいいはずだ。

私の大学時代の先輩にTさんという男がいる。
Tさんは、なんというか、節約という観念はないのに、誰よりも金とエネルギーを使わない人だった。
Tさんの住む下宿は、光熱費込みでも1万円で済むような、ボロ下宿で、唯一の娯楽はラジオと10円文庫本。
「新品のハードカバーで買ってやれないのは、作者に申し訳ない」と本気で思ってる人だった。
ぼろかったが、廊下や共同台所やぼっとん便所は結構きれいで、というのも、Tさんが掃除するようになってから、他の下宿人が一緒にやりはじめて、今じゃ仲良くなって、恋仲に・・・もはやなにもいうまい。
野菜は下宿の庭で自分で作り、卵は知り合いの農家からもらい、肉類は胸焼けがするから食べなかった。ゴミを出すことがほとんど無いから、ゴミ袋を買ったことがなかった。もちろん生ごみは堆肥にした。モノへの愛着が強い人で、自転車は自転車屋に修復不可能と断られたため、自分で溶接して直した
。本棚は拾った材木で作り、セーターは自分で編み・・・・ってなにこのロハスコンボ。

だが、徹底的に努力できない人だった。年下の私からみても、研究テーマの設定がクソだったし、就職活動について相談されたとき、履歴書を見せてもらったが、見なかったことにしたかったぐらいだ。っていうか、後輩の私と一緒に就職活動やってる時点で色々アレな人だった。

今でも就職できずに、彼なりのやり方で生きてるが、私は彼を幸福な人間だと思う。

Tさんも、努力する人間と同じぐらい、世の中に貢献しているかもしれないのだ。それがTさんのおかげかどうかは知るよしもないし、Tさんも誰にも感謝されない。
しかし、死ぬとき目の前で、「人を幸福にした数」が数字ではじきだされるとする。
そこらの努力した人と、並ぶかもしれないじゃないか。

ちなみにTさんは、税金と年金だけはちゃんと払ってるそうだ。
だが、Tさんの生き方は、例えば、国家の環境対策費削減に貢献してるんだから、ちょっと税金安くてもいいかもしれない・・・・・・わけないか。

極端なことを書いた。でも、たまに、こういうこと妄想したりしませんか?



世の中に、「努力しない人間」は「健康で最低限度の文化的生活」が保障されなくても仕方ないんじゃない?と言いたい人がいる限り、

「努力」っていう過程はちょっと置いといて、「結果」を見てくれないか
「結果」といっても、学歴や仕事だけじゃない
ところで「結果」といっても、どこまでを結果とみなすか、なんだけど、
万物は流転するから

といいたくなるんである。

私にとって、努力とか仕事の価値というものは、それくらいあいまいで、疑わしいのだ。


まあ、幸福論まで出さなくても、やっぱり爆笑太田の言うとおり、「人生には絶対どうしようもないときってのがある」っていうのは、ほんとそうだと思う。

児童福祉施設(育児放棄、虐待被害などの子供をひきとる施設)の保母をしている友人がいる。
高校時代子供達に勉強教えて欲しい、と頼まれたことがある。もちろん断った
児童は軒並み成績不振だ。おそらくどこの施設も同じだろう。
それに、「ままごと遊び」もなってないらしく、石をバケツにつめて「ゴハン」なんていうから、
「そんなのゴハンじゃねえ、やりなおし!」とか、そんな具合らしい。
工夫したりする能力が低いんだ、ってことを言いたかったんだろうが。

「どうしても、子供時代に頑張ったことを褒められたり、って経験がなければ、楽しくないことを続ける習慣がつかない。」という。もちろん大学進学なんて発想がない。
これは多分、極端な例でもなんでもない。私の短く狭い人生経験でも、似たような境遇の人間には結構会った。人生相談をうけていろいろ提案する。どうしようもない。どうしようもないときは本当にある。


番組の話に戻る。
あの派遣の人たちをその場に参加させたのは、失敗だったと思う。どうしても個人に対する気分になるから。
政治もひどいけど、それにしたって」っていうセリフ、大嫌いなんだよ。一応国会の擬似なんだから、政治家っぽくしてちょうだいよ。
ホンモノの政治家までそういうこと言うからなあ。
小泉の「人生いろいろ」発言は、政治家の失言の中でも一番怒りを感じた。あいつには学生時代、奨学金やら、国立大学法人化やら、リアルタイムで辛酸を舐めさせられた。
世の中の悲劇の全ては政治の責任、くらいの負い目がないと、議員はどこまでも暴走する。

じゃ、仕事行ってきやーす。

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2007/06/21 07:36 | Comments(0) | TrackBack(0) | テレビ

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